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あるべき姿は明確である

あるべき姿の2つ目の要件のお話しです。要件の要約は、「あるべき姿の要件」というところに書きました。今回は、その「明確である」というものを掘り下げてみます。

kakemana.hatenablog.com

あるべき姿は、「どういう状態を実現するのか」誰が聞いても同じこと想像するくらい具体的でなければなりません。立派な額に入れられ、きれいな言葉で表現された経営理念のように、何を意味しているのかわかるようでわからない抽象的なものではダメです。「実現させる」という意味では。

「あるべき姿を描く」というのは、価値観を形にしているわけです。いろいろな価値観をもつ人たちが、自分なりの解釈ができる表現になっている場合、それは「はっきりしていない」ということです。

これは結果を厳密に判断するためだけではありません。あるべき姿の実現に意識を集中させるためには細部まではっきりさせる必要があります。求められていることがはっきりして、初めて足りないものが明確になります。解釈の余地があってはならないのです。では、どうすれば、あるべき姿が明確になるのか。

あるべき姿を明確にするアプローチは2つ。

 

数値化する

「なんだ、結局、数字か」という声が聞こえてきそうです。大勢と同じだからといって正しいわけでもなく、月並みだからといって価値が低いわけでもありません。よく行われていることですが、数値化することで、あるべき姿がはっきりします。

例えば、「年末までにクレームを減らす」という曖昧なものではダメということです。あるべき姿としては、「減らす」を具体的な数値にしないといけません。このあたりを力説していると、「それは知っている。敢えて言われるまでもない」という声が聞こえてきそうです。

しかし、次はいかがでしょうか。
「年末」を具体的な日時にします。いいですか。日付ではないですよ。日時です。「年末」は12月31日に決まっているじゃないかと言われそうですが、会社の場合、そうでもありません。土日や休日にあたる場合には実質的な「年末」は12月31日にならないことも珍しくありませんし、時刻も23時59分まで許容される方が珍しいでしょう。いわゆる定時で業務終了とみなされることがあるからです。
数字を用いて具体化するのであれば、
「12月28日金曜日の18時00分までに、クレーム件数をゼロにする」
というように設定するようにしましょう。組織全員の意識を集中させるための数値化はこうでなければなりません。

他にも、経験則から、数値化するときの注意点を整理してみます。

 

数値が先にきてはいけない

これでは多くの企業で行われている目標設定と同じことになってしまいます。目標値のみが割り当てられ、数値の背後に何の意味もないということです。あくまで、あるべき姿を実現することの意味は何か、現在から未来への筋道をどう描いているのか、そこにはどういう想いがあるのか、という物語が先です。

 

直接的にわかる数値にする

「売上高を前年比で5%以上増加させる」というあるべき姿を設定した場合、数字で具体的に示されているので、「数値化」という要件は、確かに満たしています。しかし、比率や差分で表現されたあるべき姿は、状態をイメージするのが難しく、その価値もわかりにくいものになってしまいます。特に、比率は分母と分子の二つの要素の変動によって算定されるので、取り扱いが難しくなります。

例えば、小売業で用いられる指標に、交差比率というものがあります。「商品回転率×粗利益率」で算定される指標であり、商品の何倍の粗利益をあげているかを意味しています。交差比率を分解すると、売上高、売上原価及び在庫高で構成されていることになりますが、交差比率が変動した場合、果たしてどの構成要素がどれだけ変動したのかは、構成要素をみなくてはわかりませんし、何よりも「交差比率が10ポイント上がった」という価値をどれだけ感じることができますでしょうか。もちろん、こういった比率が厳禁という訳ではありませんが、特に現場に近いマネジャーが追いかける数値として用いるのであれば、わかりやすくする工夫を施さなくてはならないでしょう。
差分や比率で表されたあるべき姿は、例えば、「売上高を200億円以上にする」とか「在庫高を3億円以下にする」というように、結果としての状態を直接的に描き、それが何を意味するのかをわかるようにするのが望ましいです。

 

数値は丸くする

いくら実数で数値化しても、細かすぎるものはよろしくありません。例えば、売上高195,450,545円を実現しようというものがこれに該当します。本来、1円単位であるべき姿を描くということは、1円の差に意味があるはずです。しかし、実務でお目にかかる細かい目標値は、単に計算した結果であることがほとんどです。「前年の105%」というようにです。こういう数値化はNGです。この達成に取り組もうとする人たちの意識に、何も残らないからです。これまで1円単位で目標を設定していたマネジャーに何人もお会いしましたが、ご自分で決めたのに、一人として1円単位まで正確に目標値を諳んじることができた方はいませんでした。目標として設定した数値をすぐに口に出せないということは、間違いなくあるべき姿がイメージできてない証拠です。
そこで、数値を丸めて、「新しいサービスが話題になるくらいこの地域で認知されるためには今期は売上高10億円を実現する」とすることで、あるべき姿が認識されやすくなります。つきなみな「数値化」といえど、侮ってはなりません。

 

シーンを描写する

ほとんどの成果は数値化できます。とくに、日常的に反復継続して行われる活動は、比較的数値化が容易です。例えば、「今月は見積書を10件提出する」とか「残業時間を30時間以内にする」という具合です。ところが、「明日の商談」というような単発の行動や人材育成における能力向上のような取り組みは、あるべき姿を数値で表現することが難しい場合があります。ではどうすべきなのか。
よく用いられるのは、5W2Hというフレームワークでしょう。これは、何のために(why)、誰が(who)、いつ(when)、どこで(where)、何を(what)、どのように(how)、いくつ/いくら(how many/how much)行うのかということを明確にするもので、ビジネスではよく使われるものですね。確かにこれでも良いのですが、個人的にはどうも心の状態が省かれているようで好きではありません。
そこで私の場合、定性的なあるべき姿は映画の脚本のように描写することをお奨めしています。一般的に、脚本は、柱、ト書き、そして台詞の三つの構成要素を用いて、場所や時間といったシーン、人の動作、そして人が話す言葉を明らかにしています。脚本では、役者の表情や語気なども考慮されるため、定性的なあるべき姿として、心の動きも含めて、どういう状態を実現したいのかが具体的になります。
例えば、営業マンが行う得意先訪問のあるべき姿を、単に「情報を収集する」などと抽象的に設定するのではなく、「(当社の提案に期待している)田中部長から競合他社の提案金額と会社の予算を聞き出す」というように、具体的にすることが肝要です。この例の場合、何となく、田中部長が、「ここだけの話ですが・・・いい提案を持って来て下さいね」などと言いながら、競合の情報を教えてくれる場面が思い浮かびませんでしょうか。役者が舞台でどういう行動を取るのか、そのときの登場人物の心情はどうなっているかが想像できるように、あるべき姿を描く。定性的なあるべき姿は、映画のシーンとして想像できるくらいはっきりさせることで、ぐっと実現の可能性が高くなるでしょう。

人間の脳は、想像したことと現実との区別ができない、ということを聞いたことがありますが、あるべき姿は、それくらいイメージするものです。