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× マネジメント

マネジメントの力で良くしてみよう

論理的に考える

「論理的に考える」社会人になるとよく求められます。でも、どうして論理的に考えることが必要なのでしょうか。今日は、論理的に考えるとは、どういうことなのか、どのように役に立つのか、ということをまとめます。

【脱線】必要な問い

いきなり脱線しますが、何よりも「やり方」を知りたい、という衝動が先にくることがあります。例えば、「どうすれば論理的に考えられるのか」というような場合です。上司から、「論理的に考えろ」などと言われたその日に、本屋に寄って、論理的思考に関するノウハウ本を買ったりする。こういう傾向には、「待った」をかけたいですね。「やり方」の前に、まず、「論理的に考えるとはどういうことなのか」という問いが先だと思います。これから何を学ぼうとしているのかわからないのに、「やり方」を知ろうとするのは、上達しないと思います。少なくとも、「使いこなす」までにはならない。本質を知ることができないと思うからです。「何を習得しようとしているのか」、「なぜそうするのか」、今日、書こうと思ったのは、こういう問いを、今までしてこなかったからのような気がします。

「論理的に考える」とは、どういうことか

この問いについて、はっきり答えられますか? 難しいですね。せっかくですから、「論理的に考える」とは何かについて、じっくり考えながら書いてみます。
「論理的に考える」というと、ちょっと知的な感じがします。話の筋道がしっかり示されていて、すっと入ってくる。事実をベースに根拠や理由があって、そこから導かれる結論に納得できるものがある。すべてが関連していて、わかりやすい、という感じでしょうか。個人的な考え方ですが、「一度、自分で考えた人は、調べたり、聞いたする権利が与えれる」と思っていますので、ググってみます。

「論理的思考」とは、人間の思考様式の一つ。「行動的直観的思考」に対置される


物事を筋道立てて、論理的に考える能力のこと


一貫して筋が通っている考え方、あるいは説明の仕方のこと

 

「論理的に考える」の反対は、直観ですね。「思いつき」とか「感情的」とか「独断」ということも、「論理的に考える」ことの反対の概念でしょう。反対の概念を知ると、その言葉の意味がわかりやすくなります。つまり、「論理的に考える」とは、自分勝手な考えや一時的な感情で頭に浮かんだことではなく、すべてのものにあてはまる真理にもとづいて考える、価値観や文化の違いを超えて、広く認められたフォーマットで考える、ということなのでしょう。社会に所属する者の作法といえるかもしれません。

 

なぜ論理的に考える必要があるのか?

「論理的に考える」という不自然な行為は、人間が生み出したものです。そうする必要があったからでしょう。思いつきや感覚で話すことができない人はいないと思います。人間にとって、これが本能的で自然な行為だからです。日常生活であれば、前提条件を明らかにし、事実を根拠に、論理的に考えて結論を導き出す、なんてしなくても、何とかなります。しかし、人は、問題を解決してきました。つまり、想いを描き、なんとかそれを実現させる、ということを繰り返し、高度なことができるようになってきました。このとき、思いつき、感覚、直観や独断、これらでは問題を解決できなかったのだと思います。事実に基いているわけでもなく、根拠や理由がはっきりしているわけでもないから、うまくいかないことが多かったのでしょう。「論理的に考える」のは、問題解決に不可欠なのです。

マネジメントと論理的な思考

マネジメントとは成果を上げることです。言い換えれば、あるべき姿と現状のギャップを埋める、そして、あるべき姿を引き上げ、つくりだしたギャップをさらに埋める、これを繰り返すわけです。ギャップという「足りないもの」がわかったとしても、それを埋めるのに、感覚や思いつきで導き出された行動では、どうもうまくいきません。ひとりよがりであったり、デタラメであったりするので、成果を上げる可能性が低くく、継続性は期待できないのです。
また、何も疑問を持たずに、これまでやってきたことを続けても、うまく行きません。行動が変わらなければ、結果も変わらないからです。「論理的に考える」ことで、意味のない現状維持に疑問を抱き、「これまでの自分」にとらわれずに考えることができるようになります。「論理的に考える」ことは、マネジメントに不可欠なのです。
ただし、直観や思いつきがダメだという訳ではありません。経験からくる直観は、ときに最も効果的な解決策を導き出してくれることもあります。大切なのは、価値観や経験という個人的な感覚から導き出される思考と、真理に基づく「論理的な思考」の両方を使い分けることだと思います。